カテゴリ:歴史にキュンと恋して!( 138 )

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安土城天主『信長の館』でお土産に買いました♫



【天下布武】の印判。



色紙へ押印みようかなぁ(笑)

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此れが拝見したかった!



天正10年に織田信長が徳川家康を安土城でもてなした際のメニュー表♬



徳川家康は1582(天正10)年5月15日から6日間、安土に滞在しました。

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左側の真ん中の御料理は鮒ずしかな?




織田信長も好物だったん♬。
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鮒のなれずしは日本が誇るべき発酵食品です♬




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織田家の家紋である織田木瓜。


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武田勝頼を天目山の戦いで滅ぼし、功を奏した徳川家康・穴山梅雪を歓待した。




この時の接待役を命じられたのが…明智光秀。


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明智光秀は家康接待役に関して最大限の心配りをしましたが…



信長は『将軍の御成のようで支度が行き過ぎている!』と激怒。



接待が終了した5月18日に森蘭丸らの小姓衆に殴打されて…



翌19日には接待役を解任され、22日に備中松山城で毛利氏と戦っている羽柴秀吉の支援を命じられた。



明智光秀は坂本城で軍勢を整えて西へと。



一方で、秀吉からの援軍要請で信長も安土城を出立し、京の本能寺へ。



明けて6月2日早朝から『本能寺の変』が起きました。



『敵は本能寺にあり!』



『是非に及ばず…』(仕方が無い)



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密林(Amazon)で注文。



なかなか面白そうです♫    ☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

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剣璽等承継の儀。


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令和元年。



2冊の本を密林さん(Amazon)で取り寄せ。



明治天皇は京都訛りでお話ししていた♫



15歳まで京都御所で育ったんだもんな。



先日の奈良国立博物館の帰り道に伏見桃山御陵に寄れば良かった。
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江戸時代の光格天皇以来、202年振りの太上天皇(上皇)へ。



因みに明治天皇の誕生日は11月3日。



大正天皇は8月31日。



昭和天皇は4月29日。亡くなった祖母輝子と桂米左師も同じ。



上皇さまは12月23日。



今上陛下は2月23日♬
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昨夜のNHKスペシャルでは三笠宮様の発言も取り上げられていました。



進歩的な考え方をお持ちの三笠宮様。女性天皇に関しても。



ワタシは愛子様の穏やかな表情が好き。



マスコミ関係者の皆さん~退位ではなく『譲位』です♫



退位は…『藤原氏の陰謀により、花山天皇は退位させられた』の場合に使う言葉です。

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弥栄! 弥栄! 弥栄!

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三種の神器。




テレビ、冷蔵庫、洗濯機!




剣だけは源平合戦の壇ノ浦の戦いで見付からなかったんだよ。

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NHK–BS『英雄の選択』も好きな歴史番組です。



木曾義仲・特集は興味深く拝見しました。




源氏は親子・兄弟同士で殺し合いをしてます。




源 義朝の弟である義賢は甥である源 義平(悪源太)に殺されます。




※悪源太の『悪』は悪人ではなく、剛勇と云う言葉。





義賢と義平の武力衝突は東国の土地争いが原因。




その討たれた義賢の息子が源 義仲(木曾義仲)。木曾の山中へ匿われた訳で。




この源 義賢に関しては藤原頼長の日記『台記』と云う宮内庁書陵部門外不出の文書に…




刺激的な内容があるんですが、いずれまたの機会に♬(爆笑)

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『吾妻鏡』によると摂津源氏の源 頼政に嗾けられた以仁王(後白河法皇の三男)が諸国の源氏へ




『平家…清盛を討て!』との令旨を発します。




以仁王と源 頼政は宇治川の合戦にて敗死しますが。
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木曾義仲の家臣団は今井兼平や樋口兼光、愛人の巴御前が御馴染み。

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当時の勢力図はこんな感じです。




都〜西国は平家。




鎌倉は源 頼朝。




奥州は藤原氏(源 義経が匿われていた平泉)。




木曾義仲は信濃。
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『源平盛衰記』➡実は『げんぺい…ジョウ…すいき』が正しい読み方。




一般的には『げんぺいセイすいき』の読み方が御馴染みだわな。ウイッシュ♬




※ 源平盛衰記は平家物語の異本。




そう云えば~『平家物語』の冒頭部分。




祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、





盛者必衰の…此れは『ジョウシャひっすい』。

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九条兼実の日記『玉葉』は当時の状況を知る上で、貴重な日記♫




有名な倶利伽羅峠の合戦の兵力に関して、『玉葉』は。




平 維盛率いる平家軍は4万に対して、木曾義仲軍は5千。




ワタシ…高座で噓を言ってました。ここで懺悔します。(笑)

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倶利伽羅峠で平家を撃ち破った木曾義仲軍は都へ入ります。




平家は後白河法皇を幽閉して、安徳天皇を奉じて福原京へ都を移してました。




ところが…飢饉続きで、都へ入った木曾義仲軍は掠奪、乱暴狼藉の連続。

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田舎人の山賊(汗)




いと穢らわしく(汗)
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ナント!




木曾義仲は皇位継承にまで口を出していた。




北陸宮は以仁王の長男。父親である以仁王を亡くし、木曾義仲を頼って来た皇子。




木曾義仲はその恩に報いようとしたんでしょう。




ところが…後白河法皇は四ノ宮(後の後鳥羽天皇)を皇位継承に考えていた。

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遂に鎌倉の源 頼朝に義仲追討の院宣を発します。






後白河法皇と源頼朝も実は…そういう仲だったん。いずれまたの機会に(笑)



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源 頼朝は弟である『源 義経』を総大将に蒲の冠者『源 範頼』を副将に





宇治川の合戦で従兄弟にあたる木曾義仲を破ります。





有名な梶原・佐々木の宇治川先陣争いもこの時。





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追い詰められた木曾義仲は後白河法皇を幽閉。


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後白河法皇は平家にも源氏にも何度も幽閉されてんのよー(笑)


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粟津の戦いで矢が脳へ刺さってとあります。



後の世(南北朝時代)の新田義貞(同じ清和源氏の一家)も矢が頭へだったかしら。

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今回一番驚いたのは…此のお方は!!!!!




『 木曾義仲の肖像画とそっくりだわ?』
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なんとまあ!子孫がいらっしゃった♫




木曾宗家の33代目でいらっしゃる!




滋賀に義仲寺(ぎちゅう寺)という菩提寺があります。


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有名な『木曽節』は朝日将軍と呼ばれた木曾義仲公を称えた歌だったのか!





歌詞をひっそりと変えて歌い継がれたものだった(オドロキ!)

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芝は大門(だいもん)。吉原は大門(おおもん)。
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芝の増上寺へ。




征夷大将軍が住んだ江戸城から見ると鬼門にあたる『艮・うしとら』北東の方角に『寛永寺』。




裏鬼門にあたる『坤・ひつじさる』南西の方角に『増上寺』。




※ 江戸城の真北は『日光東照宮』になります。北極星信仰だなあ♬





因みに徳川宗家の徳の字だけは戸籍上『德』♬





横に一本ぼうが入ります(笑)
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今回お邪魔した目的は徳川将軍家の霊廟である『御霊屋・おたまや』が公開される為。




この門は元々、六代・徳川家宣公の宝塔前にあった中門を移築したもの。




家宣公は新井白石などを登用した将軍さま。

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今迄この墓所の中へ入った事は無かったノデアリマス。





とても神聖な域へ。緊張した(汗)
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立派な霊廟だったんだな…




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此れはアメリカ軍の大空襲によって焼失した南御霊屋にあった二代将軍・徳川秀忠公の宝塔。




正義の戦争なんてこの世の中には無いね。




江戸幕府を開いた初代将軍・徳川家康公は静岡市駿河区久能山東照宮に埋葬されました。




駿府城で息子の秀忠公に遺言を遺します。




『遺骸は久能山へ埋葬したのちに日光へ改葬せよ。』




※ 久能山東照宮と日光東照宮を線で結ぶと中心がなんとまあ! 霊峰富士山の頂上になります。




※ 改葬の行列が霊峰富士の前で仮の安置所を造りました。此れが『御殿場』!
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実は…増上寺本堂北側にあるこの墓所は戦後に改葬され合祀されたものです。
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明治の廃仏毀釈で、徳川家の土地や寺院なども影響を受けました。




北御霊家には六代・家宣公、七代・家継公、九代・家重公、十二代・家慶公、




十四代・家茂公、その正室である皇女・和宮等の霊廟・宝塔・亡骸が埋葬されていました。




アメリカ軍の大空襲で焼失し、戦後焼け野原になり荒廃のまま。




1969年の東京オリンピックの際にホテル建設を任されたのが、西武鉄道の堤康次郎。




外国人を迎えられるホテルは帝国ホテル、ホテルオークラ、ホテルニューオータニの三軒だけ。




現在の東京プリンスホテルの場所に北御霊屋が合った訳(汗)





その際に昭和33年から発掘調査をし、戦災で焼け残った宝塔を現在の場所へ改葬。
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九代・家重公の肖像画。


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宝塔の下に埋葬されていた御遺体から身長・死因などをDNA鑑定し、桐ケ谷斎場で荼毘に付され改葬。





仙台の伊達政宗公などの霊廟をお邪魔した時を思い出します。

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この地図のが判りやすいかな?




ピンク色の部分が現在の東京プリンスホテルが建っている場所。





水色の部分が現在の増上寺境内でござんす♬


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北御霊屋と反対の南御霊屋に二代・秀忠公とその正室である江与の霊廟がありました。


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※ 江与(お江の方)は三代・家光公、駿河大納言・忠長公、東福門院の母。浅井三姉妹の末娘。


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ほら? 空襲で焼けるまでは増上寺の境内はこんなにも広大です♬




六代・家宣公霊廟を参詣した永井荷風は『霊廟』の中で…




【広大なる此の別天地の幽邃(ゆうすい)なる光線と暗然たる色彩と冷静なる空気とに
何かしら心の奥深く、騒しい他の場所には決して味はれぬ或る感情を誘い出される】


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春は直ぐ其処まで来ています♫

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うーむ!楽しみだわ(笑)
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『虎屋菓寮』でお茶を飲む事がありますが…





こういう見本帳が有るんですねー♫     ☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
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虎屋印は箪笥のカンがデザインの元だったのか!




偶然にも箪笥も羊羹も数を勘定する際に…





『ひと竿、ふた竿…』って数えるな(笑)





※  諸説あります。
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例の虎屋の紙袋デザインも江戸時代から♫

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前回の『チコちゃんに叱られる』ではお雑煮を特集!




元旦に師匠宅で、女将さんのお雑煮を頂きましたー♫





そのお雑煮のお餅が…





角餅と丸餅の2種類が入っていた!!!!!(笑)





実弟である片岡市蔵丈から頂いたお餅だそう♫
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『尻餅』でも御馴染みデリバリーピザ屋ならぬ…出張お餅屋さんが臼と杵で搗いたお餅。




急激に人口増加した江戸は顧客が多過ぎて(汗)




お餅を丸める手間を省いて『のし餅』を各ご家庭で自分で切って貰ったのが『角餅』って訳か!
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東西お餅文化の境界線は矢張り…





関ヶ原付近(笑)

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今朝はお米の御飯。って毎朝の事ですが。




リンゴは実家から贈って貰った小布施リンゴ♫
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母方の祖父(伊東賢之助)の法要のお返しに伯父・伯母宅から祖父の故郷である三重県の永餅が届いた。




祖父を偲びながら。   




本当に可愛がって貰ったもんなぁ♫
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お餅はお汁粉やぜんざいにも無くてはならない存在(笑)



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ノーベル賞受賞のニュースで湧いてますが。




ノーベル文学賞の選考過程のウラ側に関して色々と判って来た事も。
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ドナルド・キーン氏が三島由紀夫に関して『彼は未だ若い。受賞するチャンスはある…』として候補にあがりながら受賞を逃した経緯や。





谷崎潤一郎も有力な候補であった事実。
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2人同時受賞の検討もあった事など大変に興味深いです♫